映画「BLUE GIANT」を観た。
足を運び、2回映画館で観た。
わぁーっとなった感情を吐き出す。
泣いた。2回とも熱涙に咽いだ。
熱苦しい表現になるが、魂が震えた。
もしかしたら自分はこういった何か全力に打ち込む
熱を帯びたことをしたいんじゃないのかというほどに。
はじめに自分は映画自体それほど鑑賞しない。
有名な映画ですら、タイトルを知っているだけで内容はほぼ知らない。
船の先頭で両手を広げる映画も、恐竜が園内で暴れる映画も、天使にラブソング歌っているのも、サメが人を襲う映画も観ていない。
そもそも子ども時代、田舎すぎて映画館自体が近所にない。
テレビで映画が放送されていても、時間的に就寝していることが多くまず観ない。社会現象になったアニメ映画でやっと知っているレベル。
そのせいか90分以上の映画を観る体力もなく、登場人物が多ければ誰が誰だ状態。理解力がとにかく貧弱。
それぐらいの映画愛である。
そして自分は、感情の起伏が大きくない。
楽しいときに「目が死んでる」と言われ、おいしい料理を食べたとき感動していたら「まずい?」と確認されるレベルで、感情が表に出てこない。良くない。
まとめると自分は以下になる
・感情表現、貧弱
そんな自分に、独女の流儀 よたこから
「『BLUE GIANT』を観ろ」
と連絡がきた。
このよたこなる人物は、自分とは真逆すぎる人間のようなひとである。
・時間があれば映画を観るガチ勢
・感情表現、激しい
のような人だ。
回答は一択であった。
「観ない!」
「『BLUE GIANT』を観ろ」
と連絡がきた。
このよたこなる人物は、自分とは真逆すぎる人間のようなひとである。
・時間があれば映画を観るガチ勢
・感情表現、激しい
のような人だ。
回答は一択であった。
「観ない!」
この時点で自分が知っている映画「BLUE GIANT」への知識は、「JAZZ漫画が原作のアニメ映画」ということだけである。
観ない理由として
「原作漫画読んだことねぇー」
「JAZZとか、まったく興味ねぇー」
ましてや映画なんて観るわけない。
理由としては十分すぎた。
しかし独女の流儀 よたこは言った。
「それでもいいから観ろ!!!暇だろ!!!」
野蛮だ。怖い。
「暇なので、観ますぅ…」
回答は一択であった。
これが端緒である。
そして休日。
映画館で「BLUE GIANT」を観た。
映画については、観る前まであまりにも興味が湧かずポスターすら目に入らなかった。
(JAZZって…。)と脳内で反芻していた。
映画のあらすじは、仙台出身である主人公 宮本 大(みやもと だい)が、高校卒業を機に東京へ上京し、世界一のJAZZプレイヤーを目指す話。そして今回はバンドを組む。
知らんがな。
JAZZなんて微塵も知らんから、ようわからんわい。
そう思った。正直はじめはそう思った。JAZZの難易度も規模もわからんわいと。
ただこの映画、初心者に優しい。JAZZ知識皆無でも理解できる。JAZZとは?を提議し、ひとつの回答がある。
そして何よりもこの映画がかかせないのが「玉田」という人物の存在だ。
玉田は、宮本大と同郷・同い年であり、そしてJAZZ初心者である。この玉田初心者であるがゆえに映画への没入感を加速させる。
玉田は、宮本大の影響でJAZZをはじめるが宮本大やその他JAZZ玄人たちが技術・文化について展開するも、技術が追いつかず・理解ができず・四苦八苦させる様が、初心者である映画観賞者の代弁させるようなパイプ役になっている。
おかげでJAZZの高次元な会話も、JAZZ初心者である映画館鑑賞者へ咀嚼させ理解させる。
この玉田、パイプ役と比喩し、初心者としての視点が感情移入しやすいキャラであるのはもちろんである。
しかしその初心者ゆえの技術向上への苛酷さ、悦楽さがあまりにも感情移入させすぎた。
自分だけが圧倒的な初心者という艱難辛苦な様が劇中での描写の解像度が高く、玉田自身の成長への不安、そしてそれを超えた喜びがダイレクトにくる。
玉田然り他の登場人物らが、とにかく壁に当たる。
壁などなかったかと思ったが、他者に指摘・露呈されとにかく壁に当たる。ただ壁を越えようとする様が、物語を熱くさせる。
壁へ乗り越えるアプローチ、登場人物らの主張、すべて正しく聞こえるのがまた辛い。
そしてこの映画、大人として学ぶことがあまりにも多い。全力に何かする者への姿勢・礼節・責任・称美・戒告など。
同時に10代の主人公らが、これらを網羅している大人たちと関係性を自ら築くさまに尊敬をせざる得ない。少し自省し、背筋を伸ばした。
またもちろんJAZZを主題とした映画であるため、とにかく音楽が胸に、腹に、鈍重に刺さる。JAZZなんてわからんわい、知らんわい、なんか年配のひとが聞く高尚な音楽やろ、などと斜に構えた自分が
(なんかJAZZってかっけぇな!)
と思わざる得なかった。
音楽自体への没入感もあったが、映像がまた拍車をかけていた。演奏するまでのストーリーへ共感し、JAZZ、ひいては音楽を視覚化させられているからこその没入感である。
実際の生の演奏ではまた異なる感動があるのかもしれないが、アニメ映画であるからこそ表現であり、ふかい没入感。
後半はほぼ泣いていた。主人公らの全力の姿が刺さる。とにかく重く、締め付けられ、突き刺さる。玉田が気持ちを代弁してくれると先述したが、他の登場人物らも自分の感情をトレースしてくれるような描写が多く、またそこで感情がむき出しになる。
クレジットが流れ、そのあとのストーリーにもまた泣いた。
上映が終わり、シアター内を見渡すと泣いてるひとがとにかく多かった。
自分はシアターを出るとグッズ売り場に颯爽と向かいCDを買った。
聴かないと。とにかくJAZZを聴いてみたい。その衝動がすごい。
JAZZなんてまともに聴いたこともなかったが、聴いてみると高揚感が凄まじい。奏者らの感情的な表現が聴き手の感情も引っ張られる。
この映画は学ぶことが多く、映画でこれほど泣いたのは初めてであった。しかも映画館で2回観て、2回とも泣くなんて。
映画「BLUE GIANT」のポイントまとめ
・若者たちの全力の青さが刺さる
・音楽・映像がとにかく刺さる
・大人として学ぶべきことが多い
・感情が溢れ湧き立つ
そして自分の聴く音楽ジャンルにJAZZという風穴を開けた。冒頭に述べた映画愛もなければ、感情表現が貧弱な自分が感情むき出しになった。
後日、映画を観たあと友人らに当映画をすすめた。
「JAZZとか、興味ねぇー」
と返答された。すかさず自分は、
「それでもいいから観ろ!!!暇だろ!!!」
と言い放った。
スピンオフ小説もあり買った。さっき買ったばかり。
これ読むとまた違った視点で映画が楽しめるらしい。
本当によかった…
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